中央アジア・キルギスでの青年海外協力隊活動

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四十日目

有志が毎週講堂で行っている映画上映会、気になっていたものの初参加

駒ケ根で!!訓練所で!!映画が見られるなんて!!

前から見たくて見たくてたまらなかったドキュメンタリー映画「未来を写したこどもたち」

赤線地帯のことや、風俗史は興味があって、学生中にけっこう本を読んだし、卒論のテーマにしようと考えたこともあったけれど、現代における、この手の問題は、何か質が違うような気がする

日本風俗史における、売春の歴史は、どちらかというと、あっけらかんとした印象を受けるし、ハレとケでいう、ケを引き受けてくれる呪術的要素を持った時代もあったわけだし、もっと今より、尊厳があったような気がする

今、売春を生業としなければ生きていけない人々は、どうにもそういうのとは違うと思う

生まれながらにして、その街から抜け出す術がなく、外へ出たいと願っても、出られなくて、望むと望まざると犯罪の道を歩まざるを得ない人々と、勉強をしたければ出来るし、望めば好きな場所へ行ける自分との違いって、どうして、そう定められてしまうんだろう

フォトグラファーの女性も、この子たちのためにと奔走し、良かれと思って学校に行かせ、それでも、元の場所へ戻っていく子どもたち

何を是正すれば、よくなるのかな

根本は、人をお金で買う側の人間の存在があるんじゃないかと思うけれど、でも、それはすべてを一掃できるわけではない

子どもたちの顔が笑顔で輝く瞬間はとても幸せな気分にさせられたけれど、結局、親の意思や周りの大人の意思で、売春窟に戻って行った子どもが多いことがエンドクレジットで出てくると、なんだかとてもやるせない

結局、自分やここにいる人々は、本当に必要とされるところで、必要なことを出来るわけではないし、それを求められてもいないし、担わされているわけでもない

それぞれが任国へ行き死なずに帰って来るだけで、意義があることだとは思う

その中で、何か出来たら良いと思っている

自分の目で世界を見極めたいから、それが出来て、自分が見てきたことを同世代に伝えるだけでも価値はあると思う

でも、そうしたら、誰が、子どもたちを救うのかな

それとも、救うという考えがそもそも傲慢なのかな

救われたいと本当に望んでいるのか、実際に話したわけではないし、文化を理解したわけではないし、分からない

間違ったやり方で、後に続かないやり方で、救いたいとは思えない

何十年か後に結果が出るような、ゆっくりとした改革が必要なんだと思う

どういう方法なんだろう

これからの二年で、何か分かると良い

何か分かりたい
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