中央アジア・キルギスでの青年海外協力隊活動

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

最後の活動

昨日は活動最後の日でした。
記念に写真でも撮ってみました。
今のクズルスー村は雪景色です。
今冬は冷え込みが厳しく、イシククリ州は普段ビシュケクより寒いのに、なぜだか、最近は少し暖かめで、それでも朝晩はマイナス10℃くらいはありそう。
ビシュケクはマイナス20℃まで冷えているそうです。

日中はお日様も出て気温が緩むので、道が溶けては固まりつるつるです。
一昨日派手に今冬一回目の転倒を記録しました。
でも、村ではなく、カラコル市出会ったのが幸い、村だと、どろどろになりかねません。

そんな寒いクズルスー村でも子どもたちは元気いっぱい
昨日は天気も良かったので、外で写真を撮ったり、そり滑りをしたり…
最後の日だからと、5時まで居て!!との子どもたちの要望で、普段より長めに施設に居ました。

118.jpg


035.jpg



そろそろ暗くなって危ないし、帰ろうとすると、夕飯が出来たから夕飯も食べて行って!!と…
家にもご飯あるしなー、とは思ったものの、最後だし、せっかくだからみんなで夕飯。
アルティナイの作ったじゃがいもとキャベツのなんだろ、あれは…?おいしかった!!

帰りは暗くて危ないので、途中まで子どもたちが見送ってくれて無事帰宅。
なんだか最後って言うのが実感できない。
明後日村を旅発つときには、孤児院に寄ることを約束したので、そこで実感するかもしれないし、ビシュケク行ってから実感するかも。

でも、子どもたちは、あまりそんな風には見えないけど、寂しいようです。
携帯で無駄にマヤック(日本語だとワン切りっていうんだっけ?ワンコール?)をかけてきたり、「アクティレックが落ちて大変!!どうしよう!!…うそだよー」っかけてきたり、帰らないように荷物を隠したり…

ボランティアってどうにもエゴの部分が多いし、納得できない活動、団体も多いから、自分自身で出来ること、ちゃんと役立つことしようと思って来たけれど、結局そんなに大したことはできなかったし、もともと技術もないから、技術移転なんて出来るわけもないし、評価される活動は出来ていないので、「青少年活動」が仕分けで叩かれても仕方ないかなー、とは思うけど、最近子どもたちの発した言葉で、本当に来てよかったと思います。

「今までボランティア(JICAボランティア含む)が来たことあったけど、1日とか、数時間だけで、毎日この家(孤児院)に通ってくれるボランティアはいなかった。」

それ以上は特に語らなかったけど、子どもたちが望んでいるのは、自分たちの側に毎日居てくれる人なんだと思います。
子どもたちが良かったなら、それで良いのだと思います。
欲を出して、もっと多くの施設!多くの子ども!と活動中思ったこともあったけど、でも、すぐそばにいたあの子たちとの活動を優先させて良かったのだと思います。

本来なら、後任を希望しているし、施設も受け入れ態勢は割と整っている方だし、ディレクトルも協力的で、ボランティア活動をしやすい場所だから、次が来てもおかしくない場所です。
でも、現キルギス事務所の方針としては、後任要請を出せないそうです。
現在、農村開発プロジェクトと障害者支援プロジェクトの二本柱でいっており、そこから外れる派遣はないのだそう。

では、なぜ今自分は青少年活動隊員として、青少年活動をしているのか。
本来タラスに派遣され、そこの障害者施設で余暇活動の充実を図るため派遣されたのですが、政情不安で任地変更をし、その際に、障害児通所施設に配属となり、そこのディレクトルが主に活動していた孤児院のディレクトルも兼ねていたため、孤児院で活動できていたのです。

さらに通所施設がうまく運営されていなかったので、孤児院での活動にシフトしていたのです。
そこで、もし障害者施設を主に活動の場としていたら後任の可能性は高かったのですが、後任要請を出す時期に、ちょうど運営がうまくいっていなかかったため、青少年活動として、孤児院での後任派遣はないと事務所に判断されたのです。

でも、個人的に子どもたちの状況を見て来て、キルギスはアルコール依存による養育放棄が多く、孤児院に入る子どもが後を絶たず、それこそ青少年活動隊員の活動の場は多いと思います。
それなのに、はっきり言って無駄もしくは無意味な青少年活動隊員の派遣はされても、本来の意味で活躍できる青少年活動隊員の派遣はされないのです。
変な話です。

本来日本語教師が入るべき場所に青少年活動隊員を入れたり、本来もっと専門性を必要とするであろう障害者施設に青少年活動隊員を入れたり…青少年活動でボランティアしたい人多いのだからもっと有効活用すべきなのに。
叩かれても仕方ありません。

だから、後任を希望しても、ここにはもう誰も来ません。
近い将来、事務所の方針が変われば可能性はあるけれど。
でも、子どもたちに約束はできません。

彼らは、私以外のボランティアは要らないと、言ってくれたけど、でも、本当は誰か甘えられる人、べたべたくっついても怒らない人、まあ、それを他のボランティアがするか分かりませんが…そういう相手が欲しいはず。
次ももうすぐ来るよ、きっと優しい良い人が来るよ、って言ってあげたかったなあ。

来週頭には帰国報告を事務所で行います。
そこで、後任については再び言及する予定ですが、言った所で何も変わらないのは目に見えています。
なんだかなぁ…

障害者福祉と児童福祉、完全には切って離して考えられないと思うだけどなぁ。
そもそも、キルギスで、障害者に限らず社会的弱者支援はもっと広くされるべきなのに。
障害者って枠にしないで、社会的弱者支援でいいのに!!

2年間で、それが分かっても、なにも出来ないとは、ボランティアって何とも頼りない存在です。
なんとかキルギス事務所のこの方針変わらないかなぁ…。
あーあ…!!
スポンサーサイト

あと2ヶ月と少しなのに!!

2010年の政変後、任地変更を余儀なくされ、今の任地にやって来てはや任期終了間際…

本来、キルギスのJICA事務所からの要請で障害者支援の活動をするべく派遣され、任地変更の際も、それを考慮して決めたのですが、新任地赴任後、早々に活動場所の、運営方法が変わり、もういっそ自分が本来やりたかった、活動内容に近いし、と孤児院での活動にシフトしていました。

子どもたちもすっかりなつき、日々、日本に帰るなー、ここにいろー、と懇願され、残り数十日間、子どもたちと過ごそうと決めていた今日この頃、さすが、日本と違うってすごい、ディレクトルから、終了までの期間、障害児と働くよう申し渡されました、突然に。

うちのディレクトルは孤児院と障害児通所施設の二つの長です。

通所施設が去年幼稚園となって以来、孤児院でずーっと活動していたのですが、このほど幼稚園が再び通所施設となったようです。
障害児たちが通ってきているから、午前中はその子たちと活動せよとのこと

あのー、もともと障害関係無知だし、実は、何らかのミスで本来行うべき、日本での事前研修も受けていないし、赴任後から、働いていたのならともかく、残り2ヶ月で、障害分野で活動でどうしたらいいっていうのでしょう…?

これは、断らなければ、ちゃんと!!残り時間が少なすぎるし、孤児院での活動を優先させたいし、って。
頭の中でロシア語シュミレーション、気合を入れて、ディレクトルの元へ…。

「現在子どもたちは17人通っていて、その子たちを4~5人のグループに分けて、午前中図画工作をして欲しい。
子どもたちの活動の様子、普段の様子、服を着たり、ご飯を食べたりを写真に撮って、スライドにして欲しい。
なるべくたくさん作品を作って、人に見せられるようにしてほしい。どこか1日使って、あなたのする工作を私たち職員に見せて欲しい。12月3日は障害者の日だから、セミナーをする…」結局、そのためね…障害者の日で人を呼んで披露するための活動ね…

勢いに流されてついついOKと言ってしまう、NOと言えない日本人だ…。

それでも、ただ、はい分かりましたとも即答できず、もう残りも少ないし、後任がいない中でやる意味があるのか聞いたら、後任は申請を出すつもりとのこと、とにかく帰国前に、技を教えて欲しいとのこと。

ま、教えるほどの技は、実は何も持っていないんだけど、ただ、絵を描いたり、思いつきで、昔自分が子どもの頃にやっていたようなことを子どもとしていただけの話で。
とはいえ、教えて欲しい、技を覚えておきたいと言う心意気はなかなかすごいと思う。
他の施設では、ボランティアが来ることが当たり前で、その日本人たちが勝手に、働いてくれる、やってくれると思っていて、帰国しても、すぐに次が来ると信じていて、なかなか技術移転が出来ていない。
ただ、教えて欲しいと言っていてもなかなか、今までを振り返っても、無理だろうと言うことは予測がつく。
予測はつくけど、そう言っている以上無碍には断れないし、ついつい、分かった、月曜からやる、と言ってしまった。
ああ、大変だ…

とりあえず、どれくらいの子どもたちか、観察程度に部屋を見てみると、まるきり幼稚園!!話がちがーう!!
8人くらいは、一応障害児と診断されているっぽいけれど、口蓋裂・口唇裂の子は、自分のグループとして別に活動させるより、他の幼稚園児と、一緒に遊んだ方が良いと思うし、前から知っている、大きな子で、知的障害のある子たちと活動します、っていうことにした。合計今のところ5~6人。

11時からは外遊びらしく、外に出るけれも、もう、そもそも何人子どもがいるのか分からないし、名前も知らないし、キルギス語しか分からない子供ばかりだし、子どもがあっち行ったりこっち行ったり、幼稚園としてきているちびの子どもたちは、私が障害児と活動するなんてどうでもいいことだし、知らないし、ただの保母さんと思って何やら言って来るし、さてどうしたものか。
なんだか、やたら訴えてくる子どもも、何言ってるかさっぱりで、どうやらおしっこはしたかったらしい…。
案の定、保母さんは私がいるのをいいことに、おしゃべりに夢中だし、そうなることが目に見えているから引き受けるの嫌なのよー。

月曜から午前中は毎日これか…。
さて、障害児との活動ってどうすべきなんですかね?

ディレクトルが望む作品を作るだけなら、どうにでもしようがあるけど、それだと子どもにとって無意味な形になってしまいそうだし。
15~20分で出来る何か…うん、分からん!!





秋の実り

ここ最近空気が冷たくなってきたキルギスです。

山の近くに住む同期隊員のところでは、先日雪が降ったそうで、その日我がクズルスー村も夜にかなり冷え込み、朝は木枯らしが吹く寒い日でしたが、雪は降りませんでした。

クズルスー村での初雪観測はいつになるだろう…もう朝は霜が降りているんだけれど、もう少し先か?
ただ、今年はもう帰国も迫りつつあるので、寒いの嫌だけど、早く寒く、よりキルギスらしくなって欲しいような気がします。
やっぱりキルギスには、全て覆う真っ白な雪が一番!!
遠くの天山山脈はもう真っ白なようです、まあ、いつも白いんですが。

そんな今日この頃のお気に入りは、朝起きて庭の一番隅にあるくるみの木の下で、くるみを拾うこと。
日本にもくるみはあるはずだけど、あ、これくるみの木、って意識したことがなかったようで、ここに来て初めて、どういう風にくるみが生るのか知りました。
日本にいる人々はどれくらい知っているんだろう…たぶん同世代は知らない人多いはず

くるみは黄緑の堅い、実の中にあって、それがぽとりと地面に落ちるのです。
落ちる頃には、その堅い実にも亀裂が入り、手でぐいっとこじ開けて、中のくるみを取り出せるのです。
くるみって実際に食べる部分の外の殻が堅いことはよく知られていることだけど、さらにその外側の実の部分まで堅いとは、守りが堅すぎですね。

さて、そんな黄緑の実や、実から自然に落ちたくるみを、落ち葉をがさがさかき分け拾い集めるのは、楽しいものです。
宝探しの様な感じで、今日はいくつ、と勘定しながら集めます。
でも、木に残っている実を見ると、その楽しみもあと1~2日で終わってしまいそう…残念

拾ったくるみは、まだ潤いを持っているので、天日で干します。
ただ、我が家は天日で干していると、来客が、そのまま無断でポケットにインして持って帰るので、家畜の干草を置いている納屋に隠しました。
断りなしに、持って行かれちゃ、食べごろの時には、自分たちの食べる分が無くなってしまうからね。

個人的には、完全に乾いたくるみのほうが好きだし、潤ったくるみを食べるなんて発想なかったけれど、人に勧められるままに食べ始めるとこれがけっこう美味しいです。
なんというか、くるみの風味はあるけれど、よりフルーティーというか、人曰く、牛乳っぽいとのこと、それは同意し兼ねますが…香りがよいことは確か。

そして、そのくるみの堅い殻をナイフで割るのは面倒ですが、よく子どもがやるように、石で打ち割ったり、足で踏みつぶしたりして殻を割るのは良しとしません。
なぜならば、きれいに、半分に割ると、実がハート型に詰まっていてかわいいから!!
ただそれだけ!!
それを見るためだけに、わざわざ面倒でも、いちいちナイフでこじ開けるのです。
かち割ったり、潰してしまったら、せっかくきれいなハートが見れないから面白くないのです。

さて、あともう少しもすれば、完全に乾いて、所謂良く食べるくるみの出来上がり。
食べるのが楽しみです。

そうそう、去年は春先の雪のせいで、まったくくるみがならず、くるみのみならず、りんごもプラムもほとんどだめになったので、今年はプラムも美味しくいただいて、今はりんご食べ放題・なし食べ放題のフルーツ三昧。
木からもいで食べたり、なしは少し熟成させてやわらかくなったのを食べたり、至福です。

周りに実のある生活って良いものです。
日本では、今、田舎のごく一部でしかこういう生活できないかと思うと、恵まれているのかいないのか。
道端で、実をもいで、道中かじりながら、勤務先へ、こんなこと日本でやったら、白い目で見られるんだろう…

2011ウォーカソン

9月4日~10日、4月から準備を重ねてきた、106キロにおよぶ2011年ウォーカソン無事終了!!

ウォーカソン自体は今年で4回目、自分自身は2回目の参加。
今年こそはスポンサーを獲得してJICAの業務費を使わずに、開催したい、ということで、スポンサー獲得係となり、関わった今回のウォーカソン。
途中参加者がだいぶ変更し、他の係も兼任することとなったものの、去年より役割分担がしっかりしていたせいか、楽に取り組めたし、キルギスなのに、スケジュール通りに進み、むしろ前倒しくらいに、順調に進んだウォーカソンでした。

障害当事者の参加者もすこーし増えて、今年は視覚障害の方も参加。
この参加者の中に、姫かとつっこみたくなる我が儘シティガールがいて、もう少しで、ぶち切れる手前だったけど、終わってみれば、話のネタになるし、まあ、いっか。
でも、来年は絶対に参加して欲しくない!!
違う方をぜひともお願いしたい…。

今年は、各村々の小学校を訪れて、障害者って何?どうしたら一緒に生活できる?と言うような内容のプレゼンを行った。
子どもたちは真剣そのもので、こういう授業を受けたこと無いだろうし、とても良い刺激なった模様。
内容が全部頭に残るのは難しいだろうけど、少しでも、印象に残っていることを願いましょう。
授業を受けなかった子どもたちにとっても、たくさんの日本人がなんだか学校にやって来たというのは、何かしらの影響を与えたかもしれない。
去年より目的もはっきりしていたし、実際感触も見てとれたので、非常に良いウォーカソンだったかな―、と思う。

細かく考えると、反省点は多々あるけど、総じて良かったかな、と。

何より、ウォーカソンが始まったのは、当事者である、リナットさんの存在そのもので、そのリナットさんとより親しくなれたのは、キルギスに来て一番良かったことだと思う。
ボランティアのことを良く理解してくれて、ボランティアがしたいことを助けてくれて、見守ってくれている感じが、とても有難い。
ついつい困るとリナットさん、どうしよう…?って助けてもらって、ウォーカソンが無事行えるのは、リナットさんがいろんな場面で助けてくれるからなんだろうなー。
来年も、引き継いでいってもらえるといいな、と思う反面、別のボランティアが、また、リナットさんと親しくなって、たくさん思い出作るのは、なんかずるい!!
あと少しもっとたくさん思い出作らないと!!

家を開放して、暖かく迎え入れてくれた村人や、施設の人々、みんな約束通りに動いてくれたし、なにより良い人ばかりで、後味悪い思いすることもなく、本当に良かった。
直前の準備はなんだかばたばたして、忙しかったし、スポンサーからお願いした通りの対応をしてもらえず、かなりへこんだりもしたけれど、上手くいったから、良し。

中日には湖岸の素敵な場所に泊まることが出来、夜寒ーい中、湖で泳いで、そのまま急いで、道っ端にわき出ている温泉に浸かり、またダッシュでバーニャ(サウナ)に駆け込む、ばかみたいなことも出来たし、楽しかったー

何はともあれ、4回も続いているこの夏の行事を滞りなく、無事終わらせることが出来て良かったし、核となって働けたようなので大満足

昨日はカラコル隊員宅で、いつもはウォッカやビールで参戦出来なかったので、特別にベイリーズを買いこみ(リキュールは輸入ものだから、とっても高い!!ウォッカの数倍)、ひさびさほろ酔い気分を楽しみました。
疲れがたまっていたせいか、11時過ぎくらいにはひとり眠りに落ち、ウォーカソン中の早起きのせいか7時前には目が覚めてしまったけれど…残念。

そうして、本日お昼過ぎ、久々に村の自宅へ帰宅
家ではじゃがいもや野菜の収穫を昨日今日で終えており、豆をさやから出す手伝いをし、いつもの日常が始まりました

アラコル湖!!

去年に引き続き、アルティンアラシャン~アラコル2泊3日のトレッキングに行ってきました

去年はちーちゃんと2人でガイドとポーターにほとんど荷物を持ってもらっての、ほぼ初登山だったわけですが、今回は9人の大所帯だったので、本来あたりまえだけど自分の荷物を自分で担いでの登山

すごーく心配だったけど、なんとかなるもんだ!!

登りは息が辛くなって、なかなかついて行けず、一人、めーっち小股で、10歩進んでは5秒息を整え、って感じにのーんびり登ったものの、去年より涼しいし、少し体が慣れたのか、いくらか楽に登れたような気がする!!

頂上からアラシャンへ向かう道は少し雪があり、去年はそのままざくざく降りた気がするのだけれど、今年はガイドが安全確保のためロープを出してくれた

でも、他の人が降りているのを見ているとなんだかまどろっこしくて、ええいしゃらくせえ、とばかりに転げ落ちた

案の定滑って行って止まらなくなったけど、まあ、いいやと身を任せてみた

途中縦回転も入れつつ…

あまりの勢いに周りがびっくりしたようでガイドが全身で受け止めてくれた、ありがとー

でも、これで彼の心つかめたらしく、そのあとも数回、転げっぷりがさあ!!みたいな話をロシア語でしていて、仲が縮まったような気がして、ま、結果オーライってことでしょう!!

アラコル過ぎてしまえば、後は下りでらっくらくだし、歩くのはけっこう苦ではないほうなので、先頭切って歩き、さっきまでぜえぜえ言っていたのに現金なものです

今回はアメリカからのボランティアとチェコからのボランティア、同期2名と22年度の3次隊4名とさらにポーターやガイドなどと行ったのですが、何より、同期ってすばらしーい、と感じた3日間でした

本当に良い同期に恵まれたと思うのです

いろいろ見習わなければなりません

この2人とどこかへ行ったのは今回初めてだけれど、とっても楽しかったし、あと半年しかないので、活動もあるけど、同期ともっと時間を過ごすことが出来たらいいなぁ、他の同期メンバーたちとも!!

289.jpg

エーデルワイス、日本でイメージしていた花の感じと大分違くて、初めて見たときは結構ショックでした
でも、こうして写真で見るとかわいいかも


227.jpg

愛すべき同期2人!!本当によく出来た人たち!!ちなみに手に持っているのは、こちらのトイレットペーパー、かなりがさがさで痛いです…




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。