中央アジア・キルギスでの青年海外協力隊活動

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最後の活動

昨日は活動最後の日でした。
記念に写真でも撮ってみました。
今のクズルスー村は雪景色です。
今冬は冷え込みが厳しく、イシククリ州は普段ビシュケクより寒いのに、なぜだか、最近は少し暖かめで、それでも朝晩はマイナス10℃くらいはありそう。
ビシュケクはマイナス20℃まで冷えているそうです。

日中はお日様も出て気温が緩むので、道が溶けては固まりつるつるです。
一昨日派手に今冬一回目の転倒を記録しました。
でも、村ではなく、カラコル市出会ったのが幸い、村だと、どろどろになりかねません。

そんな寒いクズルスー村でも子どもたちは元気いっぱい
昨日は天気も良かったので、外で写真を撮ったり、そり滑りをしたり…
最後の日だからと、5時まで居て!!との子どもたちの要望で、普段より長めに施設に居ました。

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そろそろ暗くなって危ないし、帰ろうとすると、夕飯が出来たから夕飯も食べて行って!!と…
家にもご飯あるしなー、とは思ったものの、最後だし、せっかくだからみんなで夕飯。
アルティナイの作ったじゃがいもとキャベツのなんだろ、あれは…?おいしかった!!

帰りは暗くて危ないので、途中まで子どもたちが見送ってくれて無事帰宅。
なんだか最後って言うのが実感できない。
明後日村を旅発つときには、孤児院に寄ることを約束したので、そこで実感するかもしれないし、ビシュケク行ってから実感するかも。

でも、子どもたちは、あまりそんな風には見えないけど、寂しいようです。
携帯で無駄にマヤック(日本語だとワン切りっていうんだっけ?ワンコール?)をかけてきたり、「アクティレックが落ちて大変!!どうしよう!!…うそだよー」っかけてきたり、帰らないように荷物を隠したり…

ボランティアってどうにもエゴの部分が多いし、納得できない活動、団体も多いから、自分自身で出来ること、ちゃんと役立つことしようと思って来たけれど、結局そんなに大したことはできなかったし、もともと技術もないから、技術移転なんて出来るわけもないし、評価される活動は出来ていないので、「青少年活動」が仕分けで叩かれても仕方ないかなー、とは思うけど、最近子どもたちの発した言葉で、本当に来てよかったと思います。

「今までボランティア(JICAボランティア含む)が来たことあったけど、1日とか、数時間だけで、毎日この家(孤児院)に通ってくれるボランティアはいなかった。」

それ以上は特に語らなかったけど、子どもたちが望んでいるのは、自分たちの側に毎日居てくれる人なんだと思います。
子どもたちが良かったなら、それで良いのだと思います。
欲を出して、もっと多くの施設!多くの子ども!と活動中思ったこともあったけど、でも、すぐそばにいたあの子たちとの活動を優先させて良かったのだと思います。

本来なら、後任を希望しているし、施設も受け入れ態勢は割と整っている方だし、ディレクトルも協力的で、ボランティア活動をしやすい場所だから、次が来てもおかしくない場所です。
でも、現キルギス事務所の方針としては、後任要請を出せないそうです。
現在、農村開発プロジェクトと障害者支援プロジェクトの二本柱でいっており、そこから外れる派遣はないのだそう。

では、なぜ今自分は青少年活動隊員として、青少年活動をしているのか。
本来タラスに派遣され、そこの障害者施設で余暇活動の充実を図るため派遣されたのですが、政情不安で任地変更をし、その際に、障害児通所施設に配属となり、そこのディレクトルが主に活動していた孤児院のディレクトルも兼ねていたため、孤児院で活動できていたのです。

さらに通所施設がうまく運営されていなかったので、孤児院での活動にシフトしていたのです。
そこで、もし障害者施設を主に活動の場としていたら後任の可能性は高かったのですが、後任要請を出す時期に、ちょうど運営がうまくいっていなかかったため、青少年活動として、孤児院での後任派遣はないと事務所に判断されたのです。

でも、個人的に子どもたちの状況を見て来て、キルギスはアルコール依存による養育放棄が多く、孤児院に入る子どもが後を絶たず、それこそ青少年活動隊員の活動の場は多いと思います。
それなのに、はっきり言って無駄もしくは無意味な青少年活動隊員の派遣はされても、本来の意味で活躍できる青少年活動隊員の派遣はされないのです。
変な話です。

本来日本語教師が入るべき場所に青少年活動隊員を入れたり、本来もっと専門性を必要とするであろう障害者施設に青少年活動隊員を入れたり…青少年活動でボランティアしたい人多いのだからもっと有効活用すべきなのに。
叩かれても仕方ありません。

だから、後任を希望しても、ここにはもう誰も来ません。
近い将来、事務所の方針が変われば可能性はあるけれど。
でも、子どもたちに約束はできません。

彼らは、私以外のボランティアは要らないと、言ってくれたけど、でも、本当は誰か甘えられる人、べたべたくっついても怒らない人、まあ、それを他のボランティアがするか分かりませんが…そういう相手が欲しいはず。
次ももうすぐ来るよ、きっと優しい良い人が来るよ、って言ってあげたかったなあ。

来週頭には帰国報告を事務所で行います。
そこで、後任については再び言及する予定ですが、言った所で何も変わらないのは目に見えています。
なんだかなぁ…

障害者福祉と児童福祉、完全には切って離して考えられないと思うだけどなぁ。
そもそも、キルギスで、障害者に限らず社会的弱者支援はもっと広くされるべきなのに。
障害者って枠にしないで、社会的弱者支援でいいのに!!

2年間で、それが分かっても、なにも出来ないとは、ボランティアって何とも頼りない存在です。
なんとかキルギス事務所のこの方針変わらないかなぁ…。
あーあ…!!
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芸術のモスクワ!!

冬のロシアは観劇シーズンの様です。
夜が長いからかな?
朝は9時くらいにようよう白くなってきて、夕方5時にはけっこう暗くなってきているくらい、日中短く、観光も駆け足駆け足!!なのでせっかくだしと思って、オペラ皮きりに、オーケストラ、ピアノコンサート、観劇、ピアノコンサートと芸術贅沢ざんまいと過ごしました。

日本と比べたら格段にチケットは安いです。
ロシアの街中には、町中のシアターのチケットを取り扱っているチケット売り場が至る所にあります。
チケットぴあがたくさんある感じ。
当日でも、今日何か無い?紹介して。とお願いすると、おばちゃんたちがぱぱっと調べて、チケット発券してくれます。

まずは手始めにオペラかバレエでお願いしたところ、子供のための劇場でなんとかっていうオペラがあるわよって、紹介してくれて、なんだかよく分からないけど子供向けなら分かりやすいかな、と思い、ボリショイ・サーカス近くの劇場まで足を運び、鑑賞…子供向けとは言いながらも、本格的で、きちんとオーケストラピットもあり、生演奏です。
1幕目終わってプログラムを読んで気がついたのだけれど、なんとまあ、プーシキン作、チャイコフスキー作曲によるオペラでした。無知って怖い…

有名な「エフゲニ―・オネーギン」とのこと

ロシア語、オペラ…はっきり言ってほとんど分からなかったけれど、雰囲気楽しめたから良し。
オーケストラの演奏も聞けたし。

何より今回一番楽しみにしていたのは、チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院にあるラフマニノフホールで開催されるラフマニノフ三重奏!!ラフマニノフって名前の付いたホールでラフマニノフを聞くなんて、こんな素敵なことあるでしょうか!!単なるおのぼりさんですがね。

ここのチケットは音楽院で直接買うので、当日買いに行くと売り切れ!!なんと!!こんなショッキングなことがあってよいのか…もうチケット無いのか、おばちゃんに確認すると、別の窓口に行けばあるかもしれないとのこと…でも、他の売り場どこか分からないし。他にも当日チケットを求める人々がいたので、若い学生と思しき男性の後をつけて行くと売り場がありました。が、こんでいるし、彼がたずねているのを聞き耳立てても、当日券はもう無さそう。あーあ、でもどうしても、ラフマニノフホールで何か演奏を聴きたかったので、別の日のショパンピアノコンサート件を購入。ショパンショパーン!!


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ラフマニノフホール。昔の演奏会っぽくてかわいーい



それにしても、若い人々がクラシックを聴きに足を運ぶ風習って良いものですねぇ…
こういう文化の根付く街って良い!!
ショパンの演奏は、あまり知らない曲ばかりで、もっといろんな曲聞かなきゃ、と思い知ったけれど、心地よし。
生の演奏っていいわ~

演劇はモスクワのふるーいマールイ劇場での観劇。ボリショイは残念ながら、長年の修理を終えたばかりで、チケットは完売している模様。なのでこちらを売り場で勧められて。「皇帝ボリス」。古典らしいです。はっきり言って、全然分かりませんでした!!

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マールイ劇場内部



チケット売り場で、オーケストラが見たいと言って買ったのが、近年出来た会場でのシュトラウス・ガラコンサート!!でも、シュトラウス?知ってるけど、そんなに詳しくなーい、と思うもつかの間、とっても良かった。
指揮者がオーストリアのペーター・グートさん。シュトラウスのスペシャリストだそうで、バイオリン片手に指揮をしたり、ユーモアたっぷりに会場を盛り上げたり、シュトラウスの音楽が大好きなんだろうなー、っていうのがびしびし伝わって来て、聞いていると楽しくなってくる音楽、おお、言葉そのものですね、”音楽”でした。

ビシュケクに帰って、ネットを開いてすぐに検索したら、日本にも度々公演に来ている方だったとは!!
来年新年早々にもコンサートがあるようで、チケット予約しちゃった。モスクワ芸術デーは日本まで続くようです。でも、またあの演奏が聴けるとは~やったぁ。

そうそう、指揮者にお花を渡した小さな男の子がいたのですが、一人前の正装で!!とってもかわいくて、アンコールの時、また前のほうに出てきて、指揮のペーターさんに向かいお辞儀の真似等していたら、そのまま、舞台にペーターさんがあげてくれて、彼に指揮棒を渡し、自分はラデッキ―行進曲をバイオリンで弾いて、バイオリニストたちと行進を始めました。その間男の子はタクトを一生懸命振っていて、とってもかわいかったです。将来の、千秋先輩だなっ。

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かわいい指揮者



最後に見にいったのが、再びモスクワ音楽院のピアノコンサート。ラフマニノフホールではなく、小ホールのほうで、2台のピアノによるコンサート。ブラームスとシューマン、ラフマニノフでした。

ブラームスは二台のピアノのためのソナタでちょっと長くて、疲れもあり、飽きてしまって、集中して聞けず後悔。でも、最後のラフマニノフが良かった。ま、言っても、ピアニストによる演奏の違いなんて初心者にはぜーんぜん分からないし、今弾いている曲が好きかどうかぐらいでしか分からないんだけど。とはいえ、ラフマニノフ組曲第1番幻想的絵画、良いですねぇ。最後の最後と言うこともあり、第4楽章復活祭良いねぇ。力強くて。男性が弾くピアノって良いですね!!

ピアニストはパーベル・ネルセシアンさんとアンドレイ・ピサーレフさん。パーベルさんがまたダンディで、お辞儀とか、観客に向ける笑顔とか、そういう部分も素敵なピアニストだった。日本にも小さなリサイタルとか公演しに来ているようです。だからなのか、ただ素晴らしいピアニストだからなのか、日本人と思われる観客がちらほらいました。多分音楽院で学ぶ学生さんとか関係者とかと思う。演奏終了後、楽屋に人が集まっていて、語らっている様子が見えました。普通にピアニストの方に話しかけられそうな雰囲気だったけど、関係者ばかりのところにのこのこ行っても恥ずかしいし、しかも日本人いたら余計自分のロシア語とか、音楽の知識の無さとか恥ずかしいから、声かけれず…でも立ち寄ればよかったかな。

と、大満足のロシア旅行でした!!
また、冬のロシアに芸術を楽しみに行く機会を持てたら、良いなぁ…


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これが、あのボリショイ劇場!!

ロシア!!モスクワ!!

帰国間際、あと1カ月の任期ですが…初の任国外旅行へ行ってきました!!
もう、この際、海外行かずとも、キルギスで2年費やそうと思っていたけれど、行こう!!と誘われ、せっかくだしということで。
でも、行って良かった、誘ってもらって感謝感謝。

11月25日~12月2日まで、ロシアのモスクワへ!!
キルギスが任国で良かった。
でないとロシアに、旧ソ連に興味をそんなに持たなかったし、ロシア語全く分からないから、ロシア旅行なんて敷居高すぎる。

ロシア人って、むかーしのニュースのイメージで、みーんな黒いもふもふの帽子かぶって、もこもこの服着て背中丸めて、むっつりして歩いているのかな―、と思っていたけれど、お洒落!!素敵女子多い!!素敵男子も多い!!
女性は90%美人で、アジア人顔さらすのが恥ずかしくなるくらい。
でも、向こうは他人のことなんて気にしなーいって感じで見向きもせず。
人からじろじろ見られない国って、良いなぁ。

それと、話しかけても、聞いてもらえないとか、笑ってくれないとか、良くない話を聞いていたものの、みんな親切丁寧に対応してくれてました。
細かいのが無いからお釣りをくれないなんて話や、ロシアのトイレは汚いから、ホテル等で済ませるべきなんて話もあったけれど、みんなちゃんとお釣りくれるし、ぼったくられることもなかったし、トイレも日本と同じレベル。観光地にある簡易トイレも、そんなに言うほど汚くなく、いろんなところにあって便利。
トイレ使用に対して、お金払うことにもキルギスで慣れてるし。

今回手続きに手間取って、在キルギスロシア大使館の職員に、「書類に不備があるって言ってんだろ!!受け取れないよ!!」って感じに、こわーい対応をされて、またあの人に書類提出しなきゃいけないぐらいならもうロシア行けなくても良い!!とまで思いました。
でも、懲りずに書類揃えて、ビザ受け取った甲斐があった。
もしこれが日本からだと、代理店通さないといけないし、今回泊まったホテルも日本から代理店を通すとかなり高くなってしまうし、なかなかロシアを個人で旅行するには大変だと思います。

何より、今現在拙いとはいえ、ロシア語が分かるし、自分の言いたいことも言えることがかなり良かった。
もし、何か分からなくて、英語で質問したら、もっと対応も違ってきただろうし、ロシア語で拙いながらも、一生懸命聞いてる感が、向こうにも伝わって良くしてくれた部分はあるように思います。
実際何回かロシア人に、ロシア語話して偉いわねー、って感じに褒められました。
駅のホーム等の表示も英語ないし、一人で街歩きする時も迷わずさくさく歩けるのは、ロシア語が分かるおかげ。
いろんなチケットも、売り場でちゃーんと買えて、楽しめたし。
日本からのツアーだと、自分でその日にやっているお芝居や、コンサートのチケットを自由になんて買えないだろうし。

キルギスでロシア語で良かった、なんて思ったこと無いのに、初めてロシア語で良かったと思えました。
しかも、ロシアで聞こえてくるロシア語は美しい!!
みーんなロシア語だし、丁寧に話してくれる。
キルギスだと初対面の年下からでも、英語で言うYouを私に対して使う時、敬う形のВЫ(ヴィ)ではなく、ТЫ(ティ、あんた・おまえ)で話かけられ、なんで初対面でそんな不作法な呼ばれ方されなきゃいけないんだ、と思うことしばしばだっただけに、みんな丁寧にあなたと読んでくれて感激。
キルギスでは店員さんもよくティで声をかけてくるのです。

そんなロシア雑感です。
また写真等は後ほど…

あと2ヶ月と少しなのに!!

2010年の政変後、任地変更を余儀なくされ、今の任地にやって来てはや任期終了間際…

本来、キルギスのJICA事務所からの要請で障害者支援の活動をするべく派遣され、任地変更の際も、それを考慮して決めたのですが、新任地赴任後、早々に活動場所の、運営方法が変わり、もういっそ自分が本来やりたかった、活動内容に近いし、と孤児院での活動にシフトしていました。

子どもたちもすっかりなつき、日々、日本に帰るなー、ここにいろー、と懇願され、残り数十日間、子どもたちと過ごそうと決めていた今日この頃、さすが、日本と違うってすごい、ディレクトルから、終了までの期間、障害児と働くよう申し渡されました、突然に。

うちのディレクトルは孤児院と障害児通所施設の二つの長です。

通所施設が去年幼稚園となって以来、孤児院でずーっと活動していたのですが、このほど幼稚園が再び通所施設となったようです。
障害児たちが通ってきているから、午前中はその子たちと活動せよとのこと

あのー、もともと障害関係無知だし、実は、何らかのミスで本来行うべき、日本での事前研修も受けていないし、赴任後から、働いていたのならともかく、残り2ヶ月で、障害分野で活動でどうしたらいいっていうのでしょう…?

これは、断らなければ、ちゃんと!!残り時間が少なすぎるし、孤児院での活動を優先させたいし、って。
頭の中でロシア語シュミレーション、気合を入れて、ディレクトルの元へ…。

「現在子どもたちは17人通っていて、その子たちを4~5人のグループに分けて、午前中図画工作をして欲しい。
子どもたちの活動の様子、普段の様子、服を着たり、ご飯を食べたりを写真に撮って、スライドにして欲しい。
なるべくたくさん作品を作って、人に見せられるようにしてほしい。どこか1日使って、あなたのする工作を私たち職員に見せて欲しい。12月3日は障害者の日だから、セミナーをする…」結局、そのためね…障害者の日で人を呼んで披露するための活動ね…

勢いに流されてついついOKと言ってしまう、NOと言えない日本人だ…。

それでも、ただ、はい分かりましたとも即答できず、もう残りも少ないし、後任がいない中でやる意味があるのか聞いたら、後任は申請を出すつもりとのこと、とにかく帰国前に、技を教えて欲しいとのこと。

ま、教えるほどの技は、実は何も持っていないんだけど、ただ、絵を描いたり、思いつきで、昔自分が子どもの頃にやっていたようなことを子どもとしていただけの話で。
とはいえ、教えて欲しい、技を覚えておきたいと言う心意気はなかなかすごいと思う。
他の施設では、ボランティアが来ることが当たり前で、その日本人たちが勝手に、働いてくれる、やってくれると思っていて、帰国しても、すぐに次が来ると信じていて、なかなか技術移転が出来ていない。
ただ、教えて欲しいと言っていてもなかなか、今までを振り返っても、無理だろうと言うことは予測がつく。
予測はつくけど、そう言っている以上無碍には断れないし、ついつい、分かった、月曜からやる、と言ってしまった。
ああ、大変だ…

とりあえず、どれくらいの子どもたちか、観察程度に部屋を見てみると、まるきり幼稚園!!話がちがーう!!
8人くらいは、一応障害児と診断されているっぽいけれど、口蓋裂・口唇裂の子は、自分のグループとして別に活動させるより、他の幼稚園児と、一緒に遊んだ方が良いと思うし、前から知っている、大きな子で、知的障害のある子たちと活動します、っていうことにした。合計今のところ5~6人。

11時からは外遊びらしく、外に出るけれも、もう、そもそも何人子どもがいるのか分からないし、名前も知らないし、キルギス語しか分からない子供ばかりだし、子どもがあっち行ったりこっち行ったり、幼稚園としてきているちびの子どもたちは、私が障害児と活動するなんてどうでもいいことだし、知らないし、ただの保母さんと思って何やら言って来るし、さてどうしたものか。
なんだか、やたら訴えてくる子どもも、何言ってるかさっぱりで、どうやらおしっこはしたかったらしい…。
案の定、保母さんは私がいるのをいいことに、おしゃべりに夢中だし、そうなることが目に見えているから引き受けるの嫌なのよー。

月曜から午前中は毎日これか…。
さて、障害児との活動ってどうすべきなんですかね?

ディレクトルが望む作品を作るだけなら、どうにでもしようがあるけど、それだと子どもにとって無意味な形になってしまいそうだし。
15~20分で出来る何か…うん、分からん!!





この半年ほど、キルギスの村落開発普及員が日本の無印良品に卸す商品作りに、ビシュケクとイシククリ州を行ったり来たり、駆け回っていましたが、クリスマス商品として現在店頭に並び始めています!!

イシククリ州でフェルトのおみやげや、手工芸を作っている女性の各団体が今回制作をしました。
キルギスは、羊が山ほどいます、よってフェルト商品も山ほどあります。
でも、それらは、ごく一部の優秀なブランドや、作家さん以外の物は、はっきり言って、微妙なものも多いです。
どうしても、見本とする良いものが少ないのか、商品としてどんなものが良いのかいまいち分からないせいなのか、良い商品が出来ない原因は様々だとは思いますが…

今回は、日本で、世界で売る商品と言うことで、村落隊員さんたちはあちこち駆け回り、指導したり、手伝ったり、せかしたり、頑張っていました。
彼らは私の丸1年後輩にあたりますが、それはそれは頼もしい働きっぷりで、施設でのらりくらりと働いてるわが身を反省することしきりです。

それはさておき、キルギスの女性たちも、今までに経験したことのないくらい、たーっくさん働いたようです。
いつも、仕事より他のことを優先してしまったり、仕事での取引をそれほど大事と考えないことが多いのか、すーぐ約束を忘れたりする彼女たちも、期限を守る、大量生産する、商品規格を統一する等々…もったいないなー、という働き方をする彼女たちですが、今回商品作りがどういうものか体感したことが、今後の物作りに影響を与えたらよいと思います。

まあ、私はみんなが忙しく働いているのを傍観していただけなので、あんまり良く分からないのですが…でも、日本で無事商品が並んで本当に良かった!!

キルギスのフェルト、ぜひ手に取ってみてください。

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